最近、バッハが退屈になってきた。

基本的に私、
ベートーヴェン以降の、ロマン派クラシックの方が好きなんですけどね。

でも、バッハも結構好きだった。
特に、『ブランデンブルク協奏曲第5番』とか、『トッカータとフーガ』とか。

私が推測するに、

バッハの時代は、神様が『いる』ことが前提の音楽。

ベートーヴェン以降は、神なき世の、新世界の新たな『神』に成り代わる音楽と、

大雑把にくくれると思うんですね。

(モーツァルトは、特殊な事例なのであえてスルー。『交響曲第40番』とか、子供の頃にはまっていましたけどね)

芸術というのは、大概、このどちらかにくくれると思うので、
現在の私の場合、この後者の立ち位置なのかなぁと。

政治でこれをやっちゃうと、『独裁者』になってしまうんですけどね。

ところで、
いちお私、霊能者なわけで、
『神様はいるの?いないの?』と質問されるかもしれませんが、

『どっちかわからんが、いたほうが面白いんじゃないか?』

と、無難に答えておきます。

そうでもしないと、禅問答の千日戦争(サウザンド・ウォーズ)に陥ってしまいますからね。

ジョン・ケージ『4分33秒』

どういう曲(?)なのか、ご存知ない方に説明しておくと、

『4分33秒間、演奏しない』

という曲(というか思想)なのです。

先程、ニコニコ動画で譜面を見て、思わず吹いてしまった。

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Ⅰ.TACET(演奏しない)

Ⅱ.TACET

Ⅲ.TACET
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なんと、3楽章制だったのだ!
(それぞれの楽章の演奏時間が気になるところですが)

どういうことかというと、

観客のざわめきとか、その他ホールに響き渡るものすべてが『音楽』であり、
演奏者と観客とがきっぱり分かれてしまった、音楽、
特に西洋クラシックから派生される音楽に対する、一種の『抗議』だったわけですね。

そう言う意味においては、
観客が積極的に参加するたぐいの音楽も、同じ思想なんですよね。

例えば……

☆ヲタ芸(分からない方に一応説明しておくと、アイドルソングやアニソンに合わせて踊る『アレ』

☆コール&レスポンス(『へいへいへ~い』とか、そのたぐい。先の主催ライブで、関口誠さんが、『Thank you ぴょ~ん!』とやってくれたときは、涙が出そうになった)

☆『Xジャンプ』などの、曲特有の『振り』(アイドルなどの『振りコピ』なども含まれる)

☆お客さんに歌わせるやつ(『く~れない~にそ~まツァ~!』『こ~のお~れ~を~』みたいなやつ。サックス奏者の本田雅人さんは、インスト曲で、お客さんにラララで歌わせている!)

MC中にお客さんが煽るのも、この類に含まれますね。

時折、『ヲタ芸禁止』のアイドルさんがいますが、
ジョン・ケージさんは、そういったのを、『全時代的』と批判したいのでしょうね。
(もちろん、それぞれに言い分があるもので、どちらが正しい・間違っているというものではないが)

で、『4分33秒』という数字に、どのような意味があるかというと、
273秒、すなわち絶対零度を表しているんですよね。

何が絶対零度かというと……
批評家の先生方は、いろいろおっしゃってますが、
それこそ、お客さんの解釈におまかせします、の世界なのでしょうね。

そこで、気になったのが、
工藤静香さんの『夜明けに見送られて』という曲がありますが、
(作詞・秋元康/作曲・後藤次利 『抱いてくれたらいいのに』のB面曲。あ、カップリングって言わないと、若い人には伝わらないか。)

この曲の尺が、ちょうど『4分33秒』なんですね。

歌詞の内容が、

『夢を追うために、地元に恋人を置き去りにして上京する』

というものなんですね。

(河合その子『青いスタシィオン』の姉妹曲で、椎名林檎『正しい街』に影響を与えた)

一見、無意味に思える長い前奏といい、狙ってるとしか思えない。

恐らく、

『恋人を置き去りにするためには、絶対零度の氷の心を持たなければならない』

という、後藤次利さんの思想なんでしょうね。

シェーンベルクと十二音技法

先程、無性にシェーンベルクの弦楽三重奏曲が聞きたくなって、
なかなか見つからないところ、
同じくシェーンベルクの『月に憑かれたピエロ(通称ツキツカピー、ひどいあだ名だ)』を、
初音ミクバージョンで聴いて、
ボカロでこれだけすごいんだから、人間が歌っているのが聴きたいと思って聴いてみたら、

やっぱりすごかった……

その後、弦楽三重奏曲も無事見つかって、聴けたんですけどね。

シェーンベルクを初めて聴いたきっかけは、
学生時代、ミュージカルで、
悲劇的なシーンの曲を、無調でおどろおどろしい雰囲気にしたくって、
その参考にしようと思って、聴いてみたんですね。

で、出来た曲は、
彼の『理論』はともかく、
似たような雰囲気の、おどろおどろしい曲が出来上がりまして。

さて、シェーンベルクをはじめとする十二音音楽って、

『おどろおどろしい』
『よくわからない』

という人が、多いかと思われます。

また、彼が、十二音音楽の技法を開発して、
『これで、ドイツ音楽(≒クラシック、と捉えていいと思う)は100年安泰だ』
といったところから、

『理屈っぽい音楽』

と捉えている人も多いかと思われます。

しかし、彼の音楽の、おすすめする楽しみかたは、

『理屈は抜きにして、純粋に音そのものをおもしろがる』

と良いと思います。

これは、彼の音楽性と直結することなのですが、
『100年安泰』といった割には、数人の弟子を除いてすぐ廃れてしまったのは、
彼の音楽の本質が、
『理論』よりも、『転載の直感』『ひらめき』に由来していると思います。

つまり、
根っこのところに、ロマンティシズムを非常に感じるからなのですね。

ただ、
のちのジャズや、ロック(特にパンク・メタル・プログレ)に与えた影響は多大なもので、
そのへんが好きな人は、確実にハマる!

騙されたと思って、聴いてご覧!
(なんか、カルト宗教の折伏みたいですがw)

私も、この辺を元ネタに、
プログレっぽい歌モノを、そのうち作ってみたいと思います。

『ぴょんさん=アキバ・アニソン』のイメージが、ちょっと強くなりすぎて、身動きが取りづらくなっていたところだし、
最近、オリジナル曲でも、アニソンチックなコメディソングしかつくっていなかったので、
『ぴょんさんは、アニソンだけじゃないぞ!』
というのを、アピールするためにも。


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追記。

すぎやまこういち氏の、ドラクエの音楽が、
後期ロマン派、特にマーラーの影響を受けていることは分かっていたのですが、
ドラクエ1の洞窟の音楽は、
シェーンベルクの影響が強いみたいですね。

あの、ダンジョンの奥深くに入っていくたびに、キーが下がっていくのが、
ミステリアスで面白かったです。